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ホワイトデー


原案:すたすく


「おい、かめ」
 邪魔にならないように、蠍田のいる場所から少し離れた床の掃き掃除をしていた白瓶は、唐突に名を呼ばれて顔をあげた。
 喉でも渇いたのだろうか。
 それとも小腹が空いたとでもいうのだろうか。
 予想できるパターンを頭の中に浮かべていれば、珍しく席を立った蠍田が目の前に来た。
 白衣のポケットに手を突っ込んだまま、視線を逸らしてもう一度「かめ」と口に出す。
「なあに? 蠍ちゃん」
 白瓶は箒を両手で握り締めたまま、首を傾げた。
 他の者が見れば、不機嫌そうだとか、怒っていると捉えられる表情の蠍田だ。
 態度は尊大だが、見た目ほど彼女の機嫌は悪くない。
 いつも自信満々で、やましい事など一つもないという彼女が、白瓶と目を合わせないというのも珍しい。
 かと言って本当に機嫌が悪そうかというと違う。
 むしろ眉間に皺こそ寄っているものの、少しだけ血色の良い頬や泳ぐ視線は、照れているとか、恥ずかしがっている方に近い気がした。
「おい、今日は何日か言ってみろ」
 蠍田の質問に、白瓶は壁に貼ってあるカレンダーに目をやる。
「……三月十四日だね」
「じゃあ何の日だ」
「何の日って……。うん? 不燃物の日?」
「馬鹿かお前は! そんな毎週の決まり事なんぞいちいちお前に訊いたりするか!」
「でも蠍ちゃんいつもゴミの日忘れるじゃない。この前だって――」
「だから違う。そんな事はどうでもいいんだ。いい加減にしろ」
 蠍田は不機嫌そうに白瓶を睨み付けた。
 目付きが悪い。
 他の女の子に向けたら多分怖いと言って去って行くに違いない。
「じゃあ一ヶ月前の今日はなんだ」
「二月十四日」
「何の日だ」
「バレンタイン」
「じゃあ今日はなんだ」
「不燃ゴミの日」
「本気で言ってんのかお前は。この馬鹿! おいかめ!」
 顔をひきつらせた蠍田は、一喝してポケットから出した右手を白瓶に向けた。
 その手には青と白でラッピングされた袋が握られている。
「蠍ちゃん?」
「お返しだ」
「え?」
「だから、バレンタインの……お返しだと」
 言葉が尻すぼみになっていく。
 俯いた顔の頬が赤い。
 彼女が自分に何かプレゼントをくれる事が珍しく、茫然としながら袋を受け取った白瓶は、間を置いてようやくその意図を察した。
 感激に思わず涙ぐんでしまう。
「蠍ちゃん」
「後で不平等だと文句を言われるのも嫌だからな。しかたなくだ。……それに、いつも感謝はしている」
 腕を組んで去ろうとする蠍田を勢いのまま抱き締める。
 箒が床を跳ねて耳障りな音を出した。
「く、くっつくな。おい、その無駄にある胸が邪魔だ。つか、なぜ泣く!」
「あうう、だって、だって蠍ちゃんが~」
「かめ、苦しい」
「誕生日でもないのに私にプレゼントくれるなんて思わないから、だから」
「わかったから、そんな事でいちいち泣くな、この巨乳」
「蠍ちゃん、好き、大好き、ありがとう」
「だから離れろ」
 か細い見た目のどこにそんな力があるのか、びくともしない白瓶に、蠍田は諦めの溜息を漏らして抵抗を止めた。


**


「あれ? 二人とも何をしているの?」
「げ、乙女」
「あ、乙女ちゃん聞いてよ~、蠍ちゃんがホワイトデーくれたの!」
「私も牛野君と獅子君に貰ったわ」
「良かったね! あ、お茶入れるね、座って待ってて」
 奥の部屋に消えて行った白瓶を目で追って、早乙女は席に戻った蠍田に笑みを浮かべた。
「ホワイトデーにお返しをするだなんて甲斐性があったのね」
「うるさい」
「ところで何をあげたの?」
「……ぎ」
「うん?」
「……だから、うちの、合鍵」
「……え」
 蠍田は得意気ないつもの顔で、ふんと鼻を鳴らして笑った。
「前々から遊びに来たいと言ってたからな。渡して置けば休校日もご飯が出る」
「……あなた一人暮らしだものね」
 早乙女は呆れたように脱力して、上手い事使われている白瓶を少しだけ不憫に思った。
 世話焼きな本人にしてみればこれ以上にないプレゼントなのかもしれないが。
「ああ、そうだ。牛野君からあなたへの預かりものをしていたの」
 紙袋を机の上に置けば、蠍田が笑顔で取りに来る。
 機嫌良さそうに中を漁って、満足そうに頷く。
「さすが牛だな。完璧だ」
「ねえ、それ何なの?」
 中身を知らない早乙女が訊けば、蠍田は紙袋から箱を取り出す。
 机の上に置いて蓋を開ければ、一口サイズの様々なクッキーが詰まっていた。
「毎週頼んでいるおやつだ。ホワイトデーだろうが、品揃えにブレがないあたり、本当に優秀だな」
 蠍田は一つつまんで口に入れた。
 早乙女が伸ばした手を叩き落として蓋をすると、お盆を手に戻ってきた白瓶に箱を渡す。
「しまっておけ」
 ストローの刺さったマグカップを手にして、蠍田は席へと戻る。
 白瓶は早乙女の前にカップを置くと、箱を持って再び奥へと向かう。
 ようやく腰を落ち着けてプレゼントの包みを開けた白瓶の喜び様に、プレゼントの意図を知る早乙女はお茶を口にしながら複雑な笑みを浮かべた。


2012-03/15

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