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僕はしばらくの間黙っていた


長男と双子と。


 僕らの生活はまるで空気のように漂うばかり。




 気だるげに閉じていた目を押し上げた。
 カーテンが開かれる音がしたからだ。どうやら世界は朝を迎えたらしい。
 実に平和な世の中である。
 現に俺は妹のカーテンを開ける音でいつもどおりに瞼を開いたのだから。

「お兄ちゃん、おはよ」
「はよ」

 ポニーテールで髪を括った妹に挨拶を返して、もそりとベッドから降りる。
 のっそりとした動作で部屋の隅にある箪笥へと足を運ぶ。そりゃあもう、のっそりと。
「もうちょっとしゃっきりしたらどうなのよ」
 そう可愛い妹に背中をばしりと叩かれた。
 お兄ちゃんは朝が苦手なのよと、軽く返してやったら「ああ、そう。で?」ときたものだ。
 ずいぶんとフテブテシイ。
「もう、志麻(しま)が待ってるんだから早くしてよね!」
「はいはい、わかりましたよ」
 着替えるから先に行ってろと言ったら、にこりとひとつ笑みを零して彼女は部屋を出て行った。
 箪笥からズボンと靴下、カットソー諸々を取り出しながら着替え、今まで着ていたスウェットをベッドの上に放り投げる。
 最後にベルトをしめて俺は自室を後にした。

 廊下に出て、2階に部屋のある俺はダイニングへと向けて階段を下りる。
 下からは玉子の焼ける美味しそうな匂いが漂ってきて、そそくさと階段を降り切ると自分の席に腰掛ける。
 椅子を引いて座ると同時に、御茶碗に入ったご飯が置かれる。
 三、三で六人掛けのテーブルには隅の俺と、その横に弟の志麻、向いに妹の志保(しほ)が腰掛けている。
「志保、振りかけとって」
「おま……また振りかけかよ」
「いいじゃん別に。好きなんだもん」
「何味にするの?」
「鮭」
「了解。はい」
「ありがと」
 志保は同じ顔の弟に振りかけを渡し、手を会わせていただきますをした。
 同じように俺たちもいただきます。
 両親は現在旅行中で、息子と娘三人を残してゆうゆうと海外に。ああ、なんだか憎らしい。育児放棄だ!
 ……などとほざいてみれば、このしっかりした双子の姉弟に口をそろえて「馬鹿じゃないの」といわれる始末。
 確かに年齢的には色々やってのけれますけどね。
「志麻、醤油くれ」
「兄さんいい加減、ご飯に醤油かけるのやめなよ」
「好きなんだからいいだろ」
「志麻の振りかけより質悪いよ」
「僕知らないからね、成人病とかになっても」
「うるさいよ、君たち」
 ああ、いつも通りのほのぼのした光景だなあとか思いながら朝食を摂り終えて、自分の食器を流しへと運ぶ。
 シンクに置いた瞬間がちゃりと小さく音がした。
 少し遅れて双子も食器を持ってきた。
 洗い物はお兄ちゃんの担当になっています。
 正直面倒なので、たまに代わってとかいったら怒られました。
 仕方なく、しぶしぶと、毎回俺は食器を奇麗にしています。


 洗い物が終わって、志麻が洗濯物を干し終わるのをテレビを見ながら待つ。
 この後三人で出かける約束をしてしまった。
 出かけるといっても、服屋とスーパーに行くだけなのだが。
 今日は日曜だから人も多そうだな~などとぼんやりしていたら、ローテーブルの上に放置した青いスライドの携帯がチカチカと点滅しているのに気付いた。
 手にとって開けば、同級生の友人からの電話だった。
「もしもし」
 通話ボタンを押して、電話に出る。
『おー、誉(ほまれ)お前今日暇?』
「君ねえ、電話したら名乗りを上げるだとかもしもしだとか何か最初につけるでしょ」
『まぁまぁ、堅いこというなよ』
 普通、これは基本なんじゃないのか?
『で、今日暇? 俺超暇、遊びいっていい?』
「残念、今日は先約があります」
『なん、だと! 昨日は暇だって言ってたじゃん』
「可愛い双子にお願いされちゃったらしかたないでしょ」
『シスコンでブラコンめ』
「お兄ちゃん一緒に買い物して、お願い! なんて、二人に言われたらねぇ」
『三人で買い物? 俺もまぜろー! 志保ちゃんに会わせろー!』
「えー、面倒」
『そう言うなって、今から行くから!』
「え、はあ? ちょ、おい」
 プツンと電話が一歩的に切られ、茫然と耳から携帯を離した。
「お兄ちゃん?」
 溜息をひとつすれば、後ろから志保が声を掛けてきた。
 今日はワンピースですか、可愛いですよとか言ってみたら殴られた。
「なんか雉(きじ)が買い物一緒に行きたいとかほざいて電話切られた」
「は?」
「こっち来るって」
 志保は俺の隣に座るとこてんと寄りかかってきた。
「あの人も暇だね」
「万年暇人だからな」
 なんとなく志保の頭を撫でてみる。
 テレビではニュースが淡々と流れていた。


 洗濯物を干し終えたから、兄さんがいるであろう居間に戻ろうかと思った。
 今日は天気が良いみたいだから、きっと乾くのも早いだろうな。
 なんて考えて、なんだか気持よくて笑みが零れた。
 サンダルを脱いで家に入り、洗濯物を入れたカゴを洗濯機の近くに戻して、居間に戻ろうとした。
 廊下から居間への扉は開いていて、志保と兄さんの話声が聞こえてきた。
 なんとなく待たせてしまったかなと思いながら足を踏み入れる。

「……」

 目の前には双子の片割れが兄に寄りかかっている姿と、そんな片割れの頭を撫でている兄の姿。
 なんとなく、胸が締め付けられるような気がして、僕は黙ったまま、静かに兄の隣に腰を下ろし、寄りかかった。
「おつかれ、志麻」
 そう声を掛けてくれた兄さんに、頷くだけの返事を返す。
 それでも別段気にした様子もなく、兄さんは雉が来るらしいと告げてきた。
 三人で出かけると思ったのに、なんだかとても残念な感じ。
 まあ、嫌いでも好きでもないんだけど。
 僕らは誰も喋らないから、テレビの音だけが部屋に響く。
 どうせなら、僕の頭も撫でてくれればいいのに。
 志保の頭を撫でる兄をみて、胸が痛んだ。
 どうして僕は志保みたいに女の子として生まれてこなかったのだろう。
 同じ双子なのに。



(僕はしばらくの間黙っていた)

 玄関のチャイムの音が響いたのはその少し後だった。


2012-09/12

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